幹細胞による再生医療の今と、その費用について
その他再生医療と聞くと、iPS細胞で臓器をつくって人に移植する、といった方法を想像するかもしれませんが、現代医学はまだその域に達していません。
しかし幹細胞を使った再生医療はすでに実用化されています。
身近なものになりつつある再生医療がどのような内容で、その費用がどれくらいになるのか解説をします。
2種類の幹細胞、iPS細胞と間葉系幹細胞
幹細胞とは細胞の元になる細胞のことで、山中伸弥氏がノーベル医学生理学賞を受賞して注目されたiPS細胞と、骨髄や脂肪、皮膚などに存在する間葉系幹細胞の2種類があります。
iPS細胞はあらゆる臓器や器官、組織になることができ、心臓も脳も血液も皮膚もiPS細胞から作ることができます。iPS細胞を使った再生医療は画期的なものになるかもしれませんが、今はまだ研究段階といったイメージです。
一方、間葉系幹細胞は「何になるか」が決まっていて、例えば肝臓の細胞になる幹細胞や神経の細胞になる幹細胞などがあります。
実用化が進んでいる幹細胞による再生医療は、間葉系幹細胞を使ったものになります。
この記事ではこれ以降、間葉系幹細胞のことを幹細胞と呼び、これについて解説していきます。
骨髄移植後の治療薬に使われている
骨髄移植を受けると、移植片対宿主病(GVHD)という合併症を引き起こすことがあります。これはドナーのリンパ球が患者さんの臓器を異物とみなして攻撃することで発症します。
GVHDの治療薬として開発されたのが「ヒト(同種)骨髄由来間葉系幹細胞(製品名、テムセルHS注)」という、幹細胞を使った薬です。
参照:
脂肪由来幹細胞を用いた再生医療(名古屋大学大学院医学系研究科病態内科学 腎臓内科)
免疫反応を調節して症状を和らげる
テムセルHS注の有効成分は免疫反応を調節する能力を持つので、炎症を抑えたり細菌やウイルス感染を排除したりして、GVHDの症状を緩和します。
260人治療して35億円?
テムセルHS注を使ったGVHD治療は公的医療保険の対象(保険適用)になっていますが、その治療費は高額になるでしょう。
2015年時点の数字ですが、厚生労働省は260人がこの治療を受けた場合、予測販売額が35億円になるとの試算を公表しています。1人当たり約1,300万円になります。
再生医療と医療費について
実用化されている再生医療にはそのほかに、骨髄由来の幹細胞を使った薬「ヒト(自己)骨髄由来間葉系幹細胞(製品名、ステミラック注)」があります。この薬は損傷した脊髄の治療に使われ、こちらも保険適用になっていますがやはり高額です。
再生医療の費用が高額になってしまうのはやむを得ない面があります。
開発するコストがかかるだけでなく、「再生医療等の安全性の確保等に関する法律」といった法律があるため、これをクリアするコストも上乗せされます。再生医療を研究、開発、実用化するには安全性の確保や生命倫理への配慮が必要になるため、どうしても法律による規制が必要になるからです。
また、再生医療はスケールメリットが活かせない、という事情もあります。患者さんが多い病気であれば、薬の販売量が増えるので医薬品メーカーは単価を抑えても利益を確保することができます。しかし再生医療の対象となる病気の患者さんは一般的にそれほど多くないので、医薬品メーカーが利益を得るにはどうしても単価を高くしなければなりません。利益を確保する方法がなければ、医薬品メーカーが新薬を開発する動機が失われてしまいます。
参照:
脊髄損傷に対する再生医療等製品「ステミラック注」を用いた診療について(札幌医科大学附属病院)
再生医療、コストの壁をどう破る~公的保険で成果を提供し続けるために(八代嘉美、神奈川県立保健福祉大学イノベーション政策研究センター教授)
間接的に幹細胞を使った治療法も~当院も提供している幹細胞培養上清液
間接的に幹細胞を使った治療法は、それほど高額ではなく実用化されています。それは幹細胞培養上清液です。
幹細胞を増やすのに培養という作業を行うのですが、このとき培養液を使います。その培養液から増殖した幹細胞を取り除いて残った液体が幹細胞培養上清液です。
幹細胞培養上清液には幹細胞の「細胞を生み出す」効果に関わる成分が含まれているので、健康にプラスになると考えられています。
当院では「0次予防」の一環として幹細胞培養上清液を使った治療を患者さんに提供しています。なお幹細胞培養上清液を使った治療は保険適用されてなく自由診療になります。
まとめ~未来の医療がそこにある
この記事の内容を箇条書きでまとめます。
・幹細胞にはiPS細胞と間葉系幹細胞があり、再生医療として実用化されているのは後者
・移植片対宿主病や脊髄損傷の治療で幹細胞を使った薬(再生医療)が保険適用になっているがいずれも高額
・再生医療が高額になるのは、1)開発コストが高い、2)法律の規制が厳しくクリアするのにコストがかかる、3)スケールメリットを活かしにくい、といった事情がある
・幹細胞を間接的に活用した幹細胞培養上清液は「身近な再生医療関連の治療」といえる
再生医療は「実用化」されていても、まだ「身近な医療」にはなっていない印象があるかもしれません。ただ、iPS細胞を使った再生医療を含め、未来の医療であることは間違いなさそうです。