PSMA治療とは?費用や日本での承認状況について
男性が罹患するがん疾患の中で、近年急激に増加している前立腺がん。前立腺がんは他のがん疾患と比べて進行ペースが非常に遅く、適切な時期に治療を受ければ比較的根治率が高い病気です。
しかし、そのうちの約10〜20%は、「去勢抵抗性前立腺がん」という進行性で難治性の高い病気へと移行することがあります。
この病気を治療するために新たにPSMA治療という方法が海外で始まりました。日本ではまだ導入されていないもののその治療効果は大きく期待値の高い治療法であるといわれています。
この記事ではPSMA治療とは一体どのような治療方法なのか、治療の実態について解説すると共に、費用相場や現段階での日本の動向についてご紹介します。
PSMA治療について
まずはPSMA治療とは一体どのような治療方法であるのか、具体的な方法や仕組みについて詳しくご紹介します。
PSMA治療とは
PSMA治療の正式名称は「ルテシウム(Lu-177)PSMA治療」であり、Lu PSMA治療とも呼ばれます。
前立腺がんに多く発現するPSMAという物質と、ルテシウムという放射性物質を薬剤投与によって体内で結合させ、高線量の放射線をがん細胞に局所的かつ直接的に照射し治療する方法のことをいいます。
対象となる条件は、前立腺がんの中でも進行性で難治性の高い「去勢抵抗性前立腺がん」と診断された場合に限られます。標準治療を続けてもがん細胞の進行が止まらず、他の治療方法で打つ手がないという状況になっている方が治療を希望されるケースが多いです。
PSMA治療は、現段階では日本で承認されていない治療方法です。そのため、治療を希望する場合はPSMA治療を専門とする医療機関の提携先病院へ渡航する必要があります。
PSAとPSMAの違い
PSMAと聞くと、前立腺がんの腫瘍マーカーであるPSAをイメージされる方もいるのではないでしょうか。名前が類似しているため混同されやすいですが、この2つの物質は全く異なった性質を持っています。
PSAは、前立腺特異抗原という前立腺細胞が精液中に分泌している物質です。細胞の中に存在するタンパク質の一種であり、表面的には検出されません。
がん細胞が発生し、前立腺に存在する組織が破壊され漏れ出ることによって、通常より多くのPSAが検出されます。
そのため血液中に存在するPSAの量でがん細胞が発生している可能性を調べたり、数値の程度でがんの進行具合を評価したりできるという仕組みになっています。
一方でPSMAは細胞の表面に存在する物質であるため血液中には存在しません。PSMAは、がんの悪性度が高くなるほどに物質の量も多く出現します。
このように名前は類似していますが特性は別であり、それぞれの特性に応じて検査や治療で応用されているという治療背景があります。
PSMA治療の仕組み
PSMA治療で利用されるPSMAは、前立腺がんの悪性度が高いほど発現する量が多くなります。細胞の表面に付着する性質があることから、他の物質と結びつきやすい性質を持っています。
この特性を応用し、PMSAのみに限局して付着することができる薬剤と、体内で放射線を放出する薬を結合させた薬剤を静脈注射で投与します。そうすることにより、血流に沿って各部位に増殖している前立腺がん細胞のみに薬剤が吸着し、放射線を直接的に浴びせて攻撃することができます。
薬剤投与であるため、一部のがんだけでなく全身に転移した前立腺がんにも効果が発揮されるほか、正常な細胞への影響もほとんどなく身体的リスクの少ない治療方法となっています。
PSMA治療の副作用
PSMAは前立腺がんに特化した治療であるため、他の臓器や細胞への影響が少なく比較的副作用の出現が少ない治療方法です。
しかし、PSMAは唾液腺や涙腺にも弱く発現していることから、一時的ではあるものの各部位への影響が起こることがあります。
主に口渇感(喉が乾く感じ)やドライアイ(涙が減り、目が乾く状態)、疲労感や血液中の血球の減少といった症状が現れる事象が発現することがあります。
治療を受けるまでの流れ
PMSAは日本では承認されていない治療方法であるため、治療を希望する場合は海外へ渡航しなければなりません。渡航先は相談先が提携する医療機関によっても異なります。
対象となる国は主に、オーストラリアやドイツ、マレーシアとなっています。実際の治療内容は医療機関や提携先によっても対応が異なるため、ここでは大まかな流れについて順を追って解説します。
1.PSMA治療を専門とする医療機関を受診する
まずはセカンドオピニオンとしてPSMA治療専の医療機関を決め、主治医からの紹介状やこれまでの画像解析データ、各検索結果などを持参し、治療について相談します。
2.渡航
治療が適応となった場合、提携先の医療機関の元へ渡航します。
1日目:外来
現地ドクターの問診・診察を受けます。
●Ga-PET検査
Lu-177PSMAと性質が似た放射性同位元素を注射してPET検査を受けます。この検査では、薬剤が病変に問題なく付着し集積することができるかを確認します。問題なければ治療が正式に開始となります。
2日目:入院
- ●腎シンチグラム
治療当日の腎機能を評価し、最終的な治療薬の投与量を決定します。治療では放射能を薬剤として投与するため、腎機能が低下した状態では体内に残存しやすくなります。そのため投与量を慎重に見極めなければなりません。 - ●Lu-177PSMA投与
30分程かけて治療薬を投与します。投与後は病棟で過ごし、適宜ドクターチェックを受けます。
3日目:入院
- ●画像診断(PETやCT)
薬剤を投与してから24時間後に検査をして、画像診断で治療後の状態をチェックします。
4日目:退院
- ●画像診断(2回目)
投与後48時間後の検査を受けて評価し退院します。
その後は帰国し、日本で4週間に1度のペースでPSAの値を測定しながら経過観察となります。とくに問題がなく、患者側も渡航が可能であれば、治療終了から8週間後に同様の治療を再度おこないます。
このように、治療開始から終了までの期間は、渡航期間も含めると約1週間前後は必要となります。
PSMAの費用相場について
PSMAは保険適用外の治療であることから、全額自己負担となります。医療機関によっても費用の変動はありますが、治療費のみで160万円前後となります。渡航する必要があるので、必要な滞在費などを含めると約400〜600万円の負担が必要といわれています。
1回の治療でも効果を得ることはできますが、複数回受けることで治療効果が得やすくなることから継続的治療が推奨されています。継続して治療を希望する場合は多額の費用が必要となるため、経済的な負担は非常に大きくなります。
民間の保険会社によっては、医療保険で治療費の給付を受けられる場合もあるので、契約している場合は事前に相談してみましょう。
去勢抵抗性前立腺がん(CRPC)について
PMSA治療が適応となる去勢抵抗性前立腺がんとは、一体どのような病態なのかご存知でしょうか。この項目で去勢抵抗性前立腺がんに関する概要や前立腺がんとの違い、なぜ発症するのかについて解説します。
去勢抵抗性前立腺がんとは
去勢抵抗性前立腺がんとは、前立腺がんの進行の要因となる男性ホルモンを抑制する薬剤治療をおこなっているにもかかわらず、病態が悪化してしまった状態のがんのことをいいます。
前立腺がんとの主な違いは発生機序にあります。前立腺がんは、主に男性ホルモンが原因で発生するがんです。一方で、去勢抵抗性前立腺がんはすでに前立腺がんを発症していて、進行を抑制するためにホルモン療法を実施していたものの次第に薬剤への抵抗性を示し治療効果が得られなくなるまで悪化した前立腺がんのことをいいます。
去勢抵抗性前立腺がんは進行性であることから、骨やリンパ節への転移することが多く、発見したときには既に各リンパ節へ転移していたというケースも少なくありません。主にホルモン治療を開始してから2〜10年の間に去勢抵抗性前立腺がんへと移行しやすく、非常に難治性の高い病気であるといわれています。
去勢低構成前立腺がんの発症経緯
前立腺がんから去勢抵抗性前立腺がんへ移行する理由は明確にはなっていないものの、有力な説としては、がん細胞の性質によるものであるといわれています。
ホルモン療法が効きやすいがん細胞もあれば、効きにくいがん細胞もあったり性質自体を変化させて薬剤に対する抵抗性を発揮したりと多様な動きをしていることが原因であるといわれています。
このようながん細胞の性質によって、ホルモン療法に効きにくいがん細胞が体内に残存することで徐々に増殖し、悪性度の高い前立腺がんとして再燃すると推測されています。
去勢抵抗性前立腺がんの判定基準はPSA値が急上昇または、高値が持続した場合に疑われ最終的には画像診断にて医師が判定します。人によっては骨転移などによる身体の異変で検査をした結果、前立腺がんの再燃が見つかることもあり人によって発見の経緯はさまざまです。
日本のPSMA承認状況について
日本で新しい治療や薬品を臨床の場で使用することができるようになるまでには、薬機法や国が定めた条件に基づき主に3つの段階をクリアしていく必要があります。
- 第1相臨床試験
薬の安全性や適切な投与量を調べる目的 - 第2相臨床試験
安全性と有効性を調べる目的 - 第3相臨床試験
最終的な判定のための有効性を確認する目的
この段階を経て新しい薬が安全であり有効性があると判断されれば、実際の医療現場で使用されるようになります。
現在のところPSMA治療においては、治験開始段階には来ておらず、2022年の段階で治験開始に必要な非臨床試験を開始しています。
2024年には医師主導治験が開始できるように準備が進められている状況です。全ての治験段階をクリアして承認申請をしてから判定が下るまでは1〜2年要します。治験開始段階からで考えると日本でPSMAが治療として確立されるまでにはおおよそ3〜4年はかかるといわれています。
治療実績から見るPMSMAの将来的な可能性について
PSMA治療による実績とその効果の可能性について、海外では多くの臨床結果が出始めています。
例えば、オーストラリアでは3ヶ月弱でPSA値が2倍に急増した50〜87歳の患者50 人を対象に、6週間ごとに4サイクルの頻度でPSMA治療の治験を実施し、その後の経過を画像追跡しています。
その結果、50人中32人にPSA値が50%以上の減少があり、そのうちの22人はPSA値が80%以上減少したという報告がされています。PSA値が下がったことから、PMSA治療によってがんの進行を抑えることができ、治療効果が出ているということが分かります。
この治療方法が日本でも確立されれば、現在も去勢抵抗性前立腺がんに悩む多くの患者さんの治療の選択肢が広がると共に、生存率の上昇が期待できます。
また、PSMA治療で放射性物質が体内に入ることで、転移部位を高い精度で反映することも可能であり、通常の画像診断では読み取ることのできなかった小さい隠れたがんを早期発見することもできます。
進行性の去勢抵抗性前立腺がんの治療において、転移先を早期に高い精度で明確にすることは進行の予防対処を早急に実施できることから、検査としても非常に有益な効果を発揮します。
このようにPSMAは前立腺がん領域において多様な治療効果の可能性を秘めた物質であるといえます。
PSMA治療の臨床試験に向けて少しずつ動き始めていることから、日本で実際に治療として活用される日は近い将来可能となる可能性が高まってきています。
まとめ
PSMA治療は、難治性である去勢抵抗性前立腺がんに対して高い治療効果が期待できる、新しい治療方法です。
海外では臨床で実際に導入され始めているものの、日本ではまだ承認されておらず、近年導入に向けて少しずつ動き始めています。治療の有効性は多くの論文が海外で出始めており、治療効果は非常に高いことが明らかとなっています。日本でも臨床で実際に活用できるようになれば、闘病している方の治療選択肢が増えると共に、治療手段に悩む方にとって大きな希望となることができるでしょう。