陽子線治療とは?対象疾患や放射線治療との違いなど解説
陽子線治療は、がんの治療方法のひとつに数えられています。かつては先進医療でおこなわれていましたが、近年は保険適用される疾患が増えてきました。
今回は陽子線治療について、特徴や対象疾患、一般的な放射線治療との違いをわかりやすく解説します。ほかに陽子線治療にかかる費用の解説もあります。ぜひ最後までチェックしてください。
陽子線治療とは
陽子線治療は陽子線という放射線をがん組織にあてて、がんを減らしたり死滅させたりする治療です。放射線は質量を持たない光の波である「電磁波」と、高いエネルギーを持ち高速で飛んでいる「粒子線」に大別され、陽子線は粒子線に含まれます。
陽子線治療は週3~5回おこない、1回あたりの治療時間は15~30分程度です。陽子線治療を受けられる病院は全国で19か所あります(2023年11月時点)。
特徴
陽子線治療に用いる陽子線には、以下の性質があります。
- • 一定の深さに達したところで、ほとんどのエネルギーを放ってから止まる
- • 陽子線が止まった場所から奥には突き抜けない
この性質を利用して陽子線治療では、がん組織のある場所に合わせて陽子線のあて方を調節し、効率よくがん組織を攻撃できる特徴があります。
メリット
陽子線治療をおこなうメリットは6つあります。
- • がん組織だけを狙って、高いエネルギーの放射線をあてられる
- • 放射線によるダメージを与えたくない重要な臓器への副作用を減らせる
- • 既往歴などにより手術ができないケースでも根治的治療ができる
- • 手術や抗がん剤と比べて、体への負担が少ない
- • X線が効きにくいがんにも治療がおこなえる
- • 入院しなくても通院で治療ができる
デメリット
陽子線治療のデメリットは3つです。
- •陽子線は焦点を絞ってあてるため、あちこちに転移しているがんの治療はできない
- •放射線に弱い消化管のがんの大半には適用されない
- •先進医療や自由診療で陽子線治療をおこなうと、治療費の負担が大きくなる
陽子線治療が保険適用される対象疾患
陽子線治療が保険適用される対象疾患は以下のとおりです。
- • 小児がん
- • 前立腺がん
- • 骨軟部腫瘍
- • 頭頸部腫瘍
- • 局所大腸がん
- • 局所進行膵がん
- • 肝内胆管がん
- • 肝細胞がん
保険適用される条件や治療期間などについて、ひとつずつ確認しましょう。
小児がん
小児がんで陽子線治療が保険適用されるのは、血液がん以外の臓器や組織から発生するがんで、病変がごく限られた狭い範囲であるケースです。がんを発病したときの年齢が20歳未満であれば陽子線治療の対象になります。治療期間は病状によって、2~6週間ほどです。
子どもへの一般的な放射線治療では、健康な組織にもダメージがあるため、成長を妨げたり二次がんを発症したりするケースがあります。陽子線治療では、正常組織への副作用をできるだけ抑えて、体の発育に悪影響をおよぼすリスクが低くなります。そのため小児がんの放射線治療には、陽子線治療が推奨されているのです。
前立腺がん
前立腺がんで陽子線治療が保険適用されるのは、次の2つの条件を満たすケースです。
- • リンパ節や離れた臓器への転移がみられない
- • 病変が前立腺にとどまっている、もしくは膀胱の出口までの浸潤でおさまっている
治療期間は5~6週間ほどになります。
前立腺がんは、広がり具合・がん組織の悪性度・PSA値によってリスク分類され、中・高リスク群ではホルモン療法と併用することがあります。
骨軟部腫瘍
骨軟部腫瘍で、陽子線治療が保険適用となるのは以下のとおりです。
- • 脊索腫、軟骨肉腫、骨肉腫で病理学的に診断され転移が認められない
- • 手術による治療が難しく、病変がごく限られた狭い範囲にとどまっている
治療期間は4~8週間になります。
陽子線治療の対象となるのは、最初にがん細胞が発生した骨軟部腫瘍に限られます。ほかの臓器から転移して発生した場合には適用されません。
頭頸部腫瘍
頭頸部腫瘍で陽子線治療が保険適用となるのは、口・鼻・喉とその周りにできたがんで転移が認められないケースです。口腔・咽頭・喉頭部にできた扁平上皮がんは、条件によっては先進医療で治療可能なケースがあります。
保険適用の場合、治療期間は6~8週間です。病状によっては薬物療法と併用することがあります。
局所大腸がん
局所大腸がんで陽子線治療が保険適用となるのは、以下の3つの条件を満たす場合です。
- • 最初にがん細胞が発生した大腸がんの手術後に再発し、病変は骨盤内のごく限られた狭い範囲である
- • 再発した部位の手術ができない
- • 転移によって発生した大腸がんではない
局所大腸がんの治療期間は5~7週間です。
局所進行膵がん
局所進行膵がんで陽子線治療が保険適用となるのは、病変がごく限られた狭い範囲で、手術でがんを取り除けないケースです。ほかの臓器に転移したり、体の中にがん細胞が散らばっていたりするときは適用されません。
局所進行膵がんの治療期間は5~7週間です。病状によっては薬物療法を併用することがあります。
肝内胆管がん
肝内胆管がんで陽子線治療が保険適用となるのは、以下の3つの条件を満たすケースです。
- • 近くのリンパ節へ転移がみられても、病変が最初に発生した場所にとどまっている
- • ほかの臓器に転移したり、体の中にがん細胞が散らばったりしていない
- • 手術によってがんを取り除くことが困難である
肝内胆管がんの治療期間は5~8週間です。病状によっては薬物療法を併用することがあります。
肝細胞がん
肝細胞がんで陽子線治療が保険適用されるのは、以下の3つの条件を満たすケースです。
- • 手術によってがんを取り除くことが困難で、腫瘍の大きさが4cmを超える
- • ほかの臓器へ転移が認められない
- • 重度の肝機能障害ではない
保険適用される肝細胞がんの治療期間は2~8週間です。肝細胞がんは病変が複数個発生しやすい性質がありますが、がん病変が3個以下であれば保険適用されることがあります。また、腫瘍の大きさが4cm未満の保険適用されない肝細胞がんは、先進医療で治療できる可能性があります。
陽子線治療の先進医療としての対象疾患
先進医療としておこなう陽子線治療で、日本放射線腫瘍学会の治療方針が統一されている対象疾患は以下のとおりです。
- • 脳脊髄腫瘍
- • 肺がん・縦隔腫瘍
- • 食道がん
- • 胆道がん
- • 泌尿器科腫瘍
- • 転移性腫瘍
先進医療の治療が適用される条件や治療期間についてみていきましょう。
脳脊髄腫瘍
脳脊髄腫瘍で、先進医療による陽子線治療が適用されるのは以下のとおりです。
- • ほかの臓器からの転移ではなく、手術で病変を取り除けない脳腫瘍
- • がん細胞が広範囲に散らばっていない膠芽腫
- • がん細胞が広範囲に散らばっていない神経膠腫
- • 手術で取り除くことが困難で、悪性度の高い髄膜腫
脳脊髄腫瘍で先進医療をおこなうときの治療期間は、5~7週間ほどになります。
肺がん・縦隔腫瘍
肺がんと縦隔腫瘍で、先進医療の陽子線治療がおこなえるのは次のとおりです。
- • 転移が認められず、病変がごく限られた狭い範囲である肺がん
- • 最初にがん細胞が発生した非小細胞肺がんで、近くのリンパ節転移にとどまっている、もしくはがんの広がりが隣り合う臓器までにとどまっているケース
- • ほかの臓器に転移していない気管・気管支がん
- • 手術ができない、もしくは手術によって完全に取り除けなかった胸腺腫・胸腺がん
- • 縦隔から発生した悪性リンパ腫
治療期間はがんの種類によって異なり、2~8週間ほどになります。
食道がん
食道がんで先進医療の陽子線治療がおこなえるのは、以下の2つの条件を満たすケースです。
- • リンパ節転移は認められるが、ほかの臓器には転移していない
- • 病巣が隣り合う臓器まで広がっていない
先進医療でおこなう食道がんの治療期間は6~7週間です。病状によっては薬物療法を併用することがあります。治療後に食道粘膜の炎症が高確率で起こるため、痛みが出たり飲食が難しくなったりします。
胆道がん
胆道がんで先進医療の陽子線治療がおこなえるのは、次の2つの条件を満たすケースです。
- • 手術でがんを取り除くことができないもの、または再発したもの
- • 病変が、肝臓の血管の出入り口付近または肝臓の外側にある場合
先進医療による胆道がんの治療期間は5~6週間です。病状によって薬物療法を併用することがあります。
泌尿器科腫瘍
泌尿器科腫瘍で、先進医療の陽子線治療がおこなえるのは以下のとおりです。
- • ステージⅡまたはⅢで、最初にがん細胞が発生した膀胱がん
- • 手術で病巣を取り除けず、リンパ節やほかの臓器に転移していない腎がん
治療期間は、膀胱がんが6~8週間、腎がんが2~7週間です。膀胱がんでは薬物療法を併用することがあります。
転移性腫瘍
転移性腫瘍で、先進医療の陽子線治療がおこなえるのは次のとおりです。
- • 1臓器のみの転移で病巣が3個以下の、転移性肺がんまたは転移性肝がん
- • 病巣が少数で、ごく限られた狭い範囲にとどまっている転移性リンパ節
治療期間は疾患によって異なり、2~7週間になります。
陽子線治療の費用
陽子線治療にかかる費用について、保険適用と先進医療をそれぞれ比べてみましょう。
保険適用の場合
陽子線治療では、一連の治療において照射回数にかかわらず費用は一律です。陽子線の照射技術料は、疾患によって下表のとおりに定められています。
前立腺がん: 160万円
小児がん・頭頸部腫瘍・骨軟部腫瘍・局所大腸がん・局所進行膵がん・肝内胆管がん・肝細胞がん:237万5千円
健康保険が適用される場合、自己負担するのは上記技術料の一部となり、負担割合は1~3割です。陽子線治療の技術料のほか、診察料・検査費用・薬代なども別途保険適用されます。
高額療養費制度や限度額適用認定証を利用すると、自己負担分の窓口支払いが一定額までに軽減されます。高額療養費制度や限度額適用認定証を利用するには申請が必要です。加入している健康保険の窓口に問い合わせてみましょう。
先進医療の場合
先進医療でおこなわれる陽子線治療では、陽子線の照射技術料は全額自己負担になります。一連の治療における費用は照射部位・回数にかかわらず一律で、先進医療でおこなわれる陽子線の照射技術料は288万3千円です。
ただし先進医療の場合、照射技術料以外の診察料・検査費用・薬代などについては保険適用されます。こちらの自己負担はかかった費用の1~3割です。先進医療でおこなわれる陽子線治療は、民間医療保険における先進医療特約の給付対象になるケースがあります。
陽子線治療と放射線治療の違い
陽子線治療は、放射線治療のひとつに数えられます。一般的な放射線治療に使われるのはX線です。X線は陽子線と異なり、質量を持たない光の波である「電磁波」に分類されます。
陽子線とX線で異なる点は2つあります。
- • X線は、体の表面で一番強いエネルギーを放ち、深部へ進むにつれて徐々に弱くなっていく
- • X線は体内を通り抜ける性質がある
性質の違いからX線の治療では、がん病巣の前後にある健康な組織が、放射線によるダメージに耐えられる線量を考えて治療計画をしなければなりません。しかし陽子線治療と比べると、X線は照射方法の工夫により、がん病巣が複数あったり広範囲にわたったりしていても治療できるケースが多くあります。また根治的治療のみならず、線量を調節して緩和治療にも用いられます。
陽子線治療と放射線治療のどちらも一長一短があるため、治療成績のよい証拠がある方法を選ぶことが大切です。治療方法で迷ったときには、セカンドオピニオン制度を利用しましょう。
まとめ
陽子線治療は保険適用と先進医療に分けられ、それぞれ対象疾患と条件が定められています。保険適用の治療費は、陽子線照射技術料から診察料・検査費用・薬代まで、かかった費用の一部が自己負担になります。先進医療の治療費は、陽子線照射技術料のみ全額自己負担です。診察料・検査費用・薬代については保険適用されます。
陽子線治療と一般的な放射線治療では、照射できる範囲と治療目的に違いがあります。それぞれの特徴をふまえて、治療成績の証拠が揃っている方法を選ぶことが肝心です。患者さんも正しい知識と情報を手に入れて、判断に迷ったときはセカンドオピニオン制度を活用するなど、納得のいくがん治療を受けましょう。