肺がんの腫瘍マーカーについて基準値や治療法など解説
肺がんは、部位別のがんの中で、もっとも死亡者数の多いがんです。早期に自覚症状で気づくのは難しいため、健康診断やがん検診で見つかることも少なくありません。肺がんも、他のがんと同じように、いかに早期発見できるかが重要になってきます。
がんの有無を推定するために、診療の補助的手段として腫瘍マーカーを使用することがあります。肺がんにも腫瘍マーカーが複数あり、腺がんや扁平上皮がんに特有の腫瘍マーカーや、喫煙歴に関連して上昇する腫瘍マーカーもあります。
ここでは、肺がんの症状・原因から治療法、また主な6つの肺がんの腫瘍マーカーの特徴について解説します。
肺がんとは
肺がんは、肺や気管支を含む呼吸器に生じるがんです。部位別のがんの中でも、もっとも死亡者数の多いがんで、2022年には男性では53,750人、女性では22,913人の方が亡くなっています。特に男性は、他のがんと比べて肺がんで亡くなる方が多く、喫煙歴と関連性が深いことがわかっています。
肺がんの種類
肺がんは、小細胞肺がんと非小細胞肺がんに大別されます。さらに非小細胞肺がんには、腺がん、扁平上皮がん、大細胞がんがあります。これらは、がん細胞の組織の型によって分類されており、小細胞肺がんと非小細胞肺がんでは、治療法が異なります。
肺がんの種類の中で、腺がんが最も多く半数以上を占めており、扁平上皮がん、小細胞がんと続き、大細胞がんの割合が1番少ないものとなっています。
組織型による分類 | 特徴 | |
小細胞肺がん | 小細胞がん | 肺全体に発生しやすい
転移しやすい |
非小細胞がん | 腺がん | もっとも多い |
扁平上皮がん | 肺の入口(太い気管支部分)に多く見られる | |
大細胞がん | 増殖が速い
肺がんの中で数% |
肺がんの症状
肺がんの初期症状には特徴がなく、他の呼吸器疾患と同じように咳や痰の症状から始まります。咳や痰の症状が数週間経っても改善しなかったり、痰に血が混ざるようになったりして初めて医療機関を訪れる方も多く、初期症状だけでは肺がんだと思わないかもしれません。
肺がんが進行してくると、胸の痛み、動作時の息苦しさや動悸(どうき)、発熱、声の嗄れ(かれ)、倦怠感がみられるようになります。しかし、がんのできた場所や大きさによって、症状が出るのに時間がかかったり、症状が出なかったりすることもあります。
咳や痰の症状が2週間以上改善しないなど、これらの症状がみられる場合は、医師の診察を受けるようにしましょう。
肺がんの原因
肺がんの主な原因には、
- ・喫煙
- ・受動喫煙
- ・大気汚染
- ・アスベスト(石綿)などの有害化学物質
があげられます。
喫煙は、肺がんの最大の原因です。周りの人のタバコの煙を吸ってしまうことを受動喫煙といい、受動喫煙でも肺がんになるリスクが高くなります。タバコの煙には、発がん性物質が多く含まれており、煙にさらされた肺の細胞の遺伝子が傷ついて、肺がんになってしまいます。
大気中の有害な化学物質や、非常に小さな粒子状物質を吸い込むと、炎症が起こり肺を傷つけてしまうことがあります。大気汚染は、肺がんのリスクを高めることが報告されています。
また、かつて建築資材として汎用されていたアスベストの繊維を吸い込み、それが肺に残ってしまうと、時間が経つにつれて炎症が起こり肺を傷つけてしまいます。現在では、アスベストを適切に処理することが求められていますが、以前解体現場などでアスベストにさらされた経験のある人は、肺がんのリスクが高いことがわかっています。
肺がんの5年生存率
がんの5年生存率とは、がんと診断された時点から5年後に何%生存しているかという統計です。2014から2015年における5年生存率は、小細胞肺がんで11.5%、非小細胞肺がんで47.5%でした。最近では、健康診断やがん検診の普及、新たな薬物治療が可能になったこともあり、肺がんの生存率は向上してきています。
できるだけ早期にがんを発見できるように、定期的に健康診断やがん検診を受けるよう心がけましょう。
厚生労働省:「死因簡単分類にみた性別死亡数・死亡率(人口10万対)」
国立研究開発法人国立がん研究センター:「院内がん登録生存率最新集計値」
腫瘍マーカーとは
体内でがんが発生すると、がんの種類ごとに特有の物質が作られます。腫瘍マーカーとは、このようながん特有の物質の総称で、血液や尿中、組織などに存在しています。
腫瘍マーカー検査は、がんの診断に補助的な役割を担っているだけでなく、がんの進行・転移・再発に対する経過観察や、治療効果の判定などに使用されてきました。
腫瘍マーカーの値が高いからと言って、必ずしもがんが存在するとは限りません。しかし、腫瘍マーカー検査は身体的負担が軽いため、がんの可能性がある方を選別するためのスクリーニング検査として使用される場合もあります。
肺がんの腫瘍マーカーと基準値
肺がんは、他の呼吸器疾患と比較して特有の初期症状がなく、初期の段階ではなかなか気づきにくいがんのため、いかに早期発見できるかが重要です。
肺がんの腫瘍マーカーは、がん以外の病気でも値が高くなったり(偽陽性)、値が正常でもがんが発見されたりするため(偽陰性)、主に診療の補助として使用されています。ただ、確定診断はできなくても、腫瘍マーカー検査で値が高かった場合には、がんの有無を確認する他の検査を受けるきっかけとなるため、早期発見のきっかけとなる場合もあります。
ここでは、以下の6つの肺がんの腫瘍マーカーについて解説します。
- ・CEA
- ・SLX抗原
- ・CYFRA21-1(シフラ21-1)
- ・SCC抗原
- ・ProGRP(ガストリン放出ペプチド前駆体)
- ・NSE(神経特異エノラーゼ)
腫瘍マーカーの隣に示している【】には、各腫瘍マーカーの検体の採取方法を記載しています。今回の6つの腫瘍マーカーは、いずれも採血により測定可能です。
また、腫瘍マーカーの検査方法によって基準値に差がある場合があります。必ず、検査方法ごとの基準値や、検査結果に記されている基準値を確認するようにしましょう。
CEA【採血】
CEAは、本来胎児の腸に存在するたんぱく質です。がん細胞ではCEAの産生が高まり、血液中のCEAの値は、がんのステージや転移などを反映して上昇します。
大腸癌、膵癌、胆管癌、肺癌などで陽性率が高くなります。ただし、肝炎、膵炎、潰瘍性大腸炎、糖尿病、慢性肺疾患などの良性疾患や、加齢、喫煙といった他の要因でも陽性になることがあり、この場合は値があまり高くなりません。
CEA値(ng/mL) | |
0.1~5.0 | 正常 |
5.0~10.0 | 加齢、喫煙、良性疾患による影響が考えられる |
10.0~20.0 | 悪性腫瘍を疑う |
20.0以上 | 悪性腫瘍を強く疑う
転移が考えられる |
CEAの基準値は、ECLIA法で5.0(ng/mL)とされています。
SLX抗原【採血】
SLX抗原もがん細胞で出現することが多く、特に肺腺がん、 卵巣がん、膵がんで高値を示します。
がん細胞と血管内皮細胞の接着に関連しているため、SLX抗原の値が高い場合は、がん細胞が血流にのって他の臓器に移行している可能性も考えられます。基準値は、IRMA法で38(U/mL)以下です。
CYFRA21-1(シフラ21-1)【採血】
細胞の構造の一部に「サイトケラチン」があります。サイトケラチンは、正常組織中では分解されませんが、 扁平上皮がんなどでは分解され、サイトケラチンを構成している「サイトケラチン19フラグメント」血液中に大量に出現します。このサイトケラチン19フラグメントのことをCYFRA21-1と言います。
CYFRA21-1は、非小細胞肺がんの中でも特に扁平上皮がんで陽性率が高い腫瘍マーカーです。同じく扁平上皮がんで特異性の高いSCC抗原よりも高い陽性率を示します。また、子宮頸がんや食道がんといった肺がん以外の扁平上皮がんの腫瘍マーカーとしても使用されています。
CYFRA21-1は喫煙による影響を受けませんが、良性の呼吸器疾患や加齢によって上昇する場合があります。基準値は、CLIA法で3.5(ng/mL)以下です。
SCC抗原【採血】
SCC抗原は、肺がんの中でも特に扁平上皮がんにおいて高値を示す腫瘍マーカーです。扁平上皮がんの早期から高い陽性率を示します。
肺がん以外にも、子宮頸がん、頭頸部がん、食道がんで高値を示します。また、SCC抗原は正常な扁平上皮にも存在しているため、乾癬(かんせん)、天疱瘡(てんぽうそう)などの皮膚疾患や肺結核、腎不全などの良性疾患や喫煙などでも高値を示します。
唾液・フケ・皮膚などの混入でも高値になる場合があり、検査の手技や検体の扱いに注意が必要です。基準値は、CLEIA法で2.5(ng/mL)以下になります。
ProGRP(ガストリン放出ペプチド前駆体)【採血】
ProGRPは、小細胞肺がんの増殖因子であるGRP (ガストリン放出ペプチド)の前の段階の物質です。ProGRPは、小細胞肺がんでの陽性率が高く、治療効果の判定や再発などの経過観察に有用です。 加齢や喫煙の影響は受けませんが、腎機能低下によって高値を示します。
また、血液中での分解をさけるために、採血後に速やかに必要な処置をして測定を行う必要があります。基準値は、CLEIA法で81.0(pg/mL)未満です。
NSE(神経特異エノラーゼ)【採血】
NSEは、褐色細胞腫、神経芽細胞腫などの神経内分泌腫瘍や、小細胞肺がんなどの腫瘍マーカーです。
溶血により高値を示す可能性があるため、速やかに検体を提出する必要があります。また、ビオチン(ビタミンB群の1種)を1日に5mg以上投与している方は、投与後少なくとも8時間以上経過してから採血をおこないます。
基準値は、ECLIA法で16.3(ng/mL)以下です。
肺がんの治療
肺がんの主な治療法は、以下の3つです。
- ・手術
- ・放射線治療
- ・薬物療法
これらと並行して、痛みなどの苦痛を緩和するための緩和ケア療法や、呼吸器リハビリテーションもおこなわれます。それぞれの治療法について解説します。
手術
切除する範囲によって、3つの手術法があります。がんのある肺葉ごと切除する肺葉切除術、がんのある部分のみを切除しできるだけ肺を温存する縮小手術、がんのある側の肺(右肺もしくは左肺)ごと切除する片側肺全摘手術があります。どの手術を選択するかは、がんの組織の型やステージ、体の状態によって決まります。
また、手術の方法として、胸部を切開しておこなう開胸手術と、細長い棒の先にカメラがついた胸腔鏡を用いて行う胸腔鏡手術があります。病状によって総合的に判断され、手術の方法が決まります。
放射線治療
がんのある部分に放射線を照射し、がん細胞を攻撃する治療法を、放射線治療と言います。手術が難しい場合や、手術では切除しきれない場合に放射線治療が選択され、薬物療法と並行しておこなわれる場合もあります。
放射線治療では、放射線が照射された部分に炎症が起きやすく、咳や発熱、息苦しさ、食道の痛みなどの副作用が現れます。治療後しばらく続く場合もあるため、早めに医療機関に相談して副作用対策をしましょう。
薬物療法
肺がんの治療に使用する薬は
- ・細胞障害性抗がん剤
- ・分子標的薬
- ・免疫チェックポイント阻害薬
に大別されます。
<細胞障害性抗がん剤>
細胞が増殖する過程を攻撃して、がん細胞の増殖を抑えます。ただし、がん以外の細胞に対しても攻撃してしまうので、吐き気や脱毛などの副作用が出やすくなります。
<分子標的薬>
がんに関わっているたんぱく質などを標的として、がんを攻撃します。正常な細胞に対して攻撃しにくいため、副作用が抑えられます。
<免疫チェックポイント阻害薬>
本来、人には異物を排除しようとする免疫があり、がん細胞も異物とみなされ攻撃されるはずです。しかしがん細胞は免疫を逃れるための仕組みを持っており、増殖を繰り返します。その仕組みを解除することで免疫を維持し、がん細胞を攻撃するのが「免疫チェックポイント阻害剤」です。
これらの薬は、単独で用いられることもありますが、併用して治療する場合もあります。それぞれに特徴的な副作用があり、副作用対策をしっかりおこなうことが、治療を継続する上で重要になってきます。
免疫チェックポイント阻害剤は、免疫の攻撃力を回復させるため、免疫が強化されることで全身に副作用が生じる可能性があります。主な副作用に、間質性肺炎(咳・息切れ・発熱など)や大腸炎、甲状腺機能障害などのホルモン分泌障害などがあり、治療開始後すぐから注意が必要です。
まとめ
肺がんの症状・原因から治療法、また主な6つの肺がんの腫瘍マーカーの特徴について解説してきました。
肺がんは、初期症状だけでは気づきにくいため、定期的に健康診断やがん検診を受けることが重要です。また、喫煙は肺がんの最大の原因であるため、禁煙を心がけて肺がんを予防していきましょう。
がんの腫瘍マーカー検査は、がんの可能性のある患者を選別するスクリーニング検査や、治療効果を確認するための補助的手段などとして、活用されています。腫瘍マーカーの値が基準値を超えていたとしても、必ずしもがんであるというわけではありません。しかし、それ以外の病気が隠れている場合もあるため、早めに医療機関で医師の診察を受けるようにしましょう。