遺伝するがんと遺伝しないがんの違い・種類や特徴とは
「両親や祖父母ががんだったから、自分もいつかがんになるのでは・・・」
「自分のがんが子どもに遺伝してしまうのでは・・・」
「がん家系」という言葉があるように、一般的には血縁者にがんを発症した人が多ければ、自分もがんになる確率が高いと考えられています。実際に一部のがんは、遺伝的要因によりがんの発症確率が高まることがありますが、それはどれくらいの割合なのでしょうか。そもそもがんを発症する原因は「遺伝」以外にどのようなものがあるのでしょうか。
今回は、遺伝するがんの種類や特徴、遺伝しないがんとの違いなどについて詳しく解説していきます。
がんは遺伝する?
がんを発症した家族や親族が多い方は、自分の将来の健康に関しても不安な思いがあることでしょう。はたして、がんが遺伝するというのは本当なのでしょうか。
実際のところ、がんそのものが親から子どもに遺伝することはありません。ただし、がんになりやすい体質が親から子に遺伝することがあるという点は留意しておく必要があります。
遺伝により「がんになりやすい遺伝子変異」を生まれつき持っている人は、そうでない人に比べてがんを発症するリスクが高まります。しかし「がんになりやすい遺伝子変異」を持っているからといって、必ずしもがんを発症するわけではありません。
また「がんになりやすい遺伝子変異」を持っていない人でも、がんを発症することもあります。それは、遺伝以外にもさまざまな要因が絡み合っているためです。
では、がんを発症する要因にはどのようなものがあるのでしょうか。詳しくみていきましょう。
がんを発症する要因は?
そもそも「がん」はどうして発生するのでしょうか。私たちの身体は何十兆個もの細胞で構成されており、正常な細胞は日々、体の働きに合わせて分裂や増殖をくり返します。そしてこれ以上増殖の必要がないと判断されると、増殖をストップする「抑制機能」が働きます。
しかし、さまざまな要因で遺伝子に傷がつき(遺伝子変異)、抑制機能が働かずに際限なく細胞が増殖してしまうことがあります。このように遺伝子変異によって増え続けた細胞のかたまりを「腫瘍」といいます。腫瘍には悪性腫瘍と良性腫瘍があり、このうち悪性腫瘍のことを「がん」と呼びます。
なぜ遺伝子変異が起きるのかはまだはっきりと分かっていないことも多いのですが、一般的に以下のような要因があると考えられています。
- ●加齢
- ●喫煙
- ●飲酒
- ●食生活(牛・豚・羊などの赤肉や加工肉、野菜・果物不足、塩分の過剰摂取など)
- ●運動不足
- ●肥満
- ●ウイルス・細菌感染(ピロリ菌、B型・C型肝炎ウイルス、HPVなど)
- ●化学物質の曝露 など
多くのがんは上記で挙げたような後天的な要因、つまり遺伝とは関係なく発生すると考えられています。しかし、まれに先天的に「がんになりやすい遺伝子変異」を持って生まれてくる場合があり、このような人は将来的にがんになるリスクが高まるといわれています。
では、遺伝するがんと遺伝しないがんにはどのような違いや特徴があるのでしょうか。詳しくみていきましょう。
遺伝するがんと遺伝しないがんの違い
前述したとおり、親が生活習慣などの後天的な要因でがんになった場合、基本的に子どもには遺伝しません。ただし家族は似たような生活習慣があることも多く、結果として家族で同じがんになりやすいということは考えられます。一方で、一部のがんは遺伝により発症リスクが高まることが分かっています。
このように、遺伝が原因で発生するがんのことを医学用語では「遺伝性腫瘍」と呼び、全体の約5~10%にあたるといわれています。両親のうちどちらかが「がんになりやすい遺伝子変異」を持っていた場合、子どもに遺伝する確率は50%です。ただし「がんになりやすい遺伝子変異」を持って生まれてきたとしても、必ずしもがんを発症するわけではありません。自分が「がんになりやすい遺伝子変異」を持っているかどうか不安だという方は、後述する遺伝カウンセリングを受けてみると良いでしょう。
遺伝するがんの特徴
遺伝するがんの特徴として、主に以下のようなことが挙げられます。
- ●自身もしくは血縁者が若くしてがんと診断された
- ●血縁者のうち複数人が同じがんに罹患した
- ●血縁者に希少がんに罹患した人がいる
- ●多発がん、重複がんなど、複数のがんに罹患した
- ●乳房、腎臓、眼など対になっている臓器の両側にがんが発生した
- ●家族が遺伝性腫瘍と診断された など
上記のいずれかの条件にあてはまる場合は遺伝性腫瘍の可能性が疑われますが、確実に判断するためには遺伝子検査を受け、遺伝性腫瘍の原因となる遺伝子変異があるかどうかを確認することが必要です。
遺伝するがんの主な種類
遺伝するがんは、どの遺伝子が変化しているかによって発症しやすい部位が異なります。例えば生まれつき「BRCA1」や「BRCA2」という遺伝子に変化がある場合は、遺伝性乳がん卵巣がんを発症するリスクが高まる、ということがわかっています。
遺伝するがんの主な種類と関連する遺伝子は以下のとおりです。
病名 | 遺伝子 | 主な腫瘍発生臓器 |
---|---|---|
遺伝性乳がん卵巣がん | BRCA1、BRCA2 | 乳がん、卵巣がん、膵臓がん、 前立腺がん、悪性黒色腫 |
リンチ症候群 | MLH1、MSH2、 MSH6、PMS2 |
大腸がん、子宮体がん、卵巣がん、 腎盂・尿管がん、膀胱がん、 小腸がん、胃がん |
家族性大腸腺腫症 (家族性大腸ポリポーシス) |
APC | 大腸がん、胃がん、十二指腸がん、 甲状腺がん |
多発性内分泌腫瘍症1型 | MEN1 | 内分泌臓器(副甲状腺、下垂体、膵臓など)の過形成・腫瘍 |
多発性内分泌腫瘍症2型 | RET | 甲状腺髄様がん、副甲状腺過形成、 褐色細胞腫 |
遺伝性網膜芽細胞腫 | RB1 | 網膜芽細胞腫 |
リー・フラウメニ症候群 | TP53 | 肉腫、副腎皮質腫瘍、脳腫瘍、 白血病、閉経前乳がん |
(参考:国立研究開発法人国立がん研究センター「遺伝性腫瘍」)
上記のうち、遺伝性乳がん卵巣がん・リンチ症候群・家族性大腸腺腫症(家族性大腸ポリポーシス)について詳しく解説していきます。
遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)
BRCA1もしくはBRCA2というがん抑制遺伝子に変化がみられる場合、乳がん、卵巣がん、前立腺がん、膵臓がんなどの発症リスクが高まります。日本における乳がん患者のうち約4%、卵巣がん患者のうち約10%が、遺伝性乳がん卵巣がんであるというデータが報告されています。(※)
遺伝性乳がん卵巣がんの主な特徴は以下のとおりです。
- ●45歳以下で乳がんと診断された
- ●乳房の両側に乳がんが発生した
- ●片方の乳房で複数回原発性の乳がんが発生した
- ●60歳以下でトリプルネガティブの乳がんと診断された
- ●血縁者(第3度近親者内)に乳がん、卵巣がん、膵臓がんと診断された方がいる
- ●男性で乳がんと診断された
(※)一般社団法人日本遺伝性乳癌卵巣癌総合診療制度機構「遺伝性乳がん卵巣がん(HBOC)をご理解いただくために ver.2022_1」
リンチ症候群
MLH1、MSH2、MSH6、PMS2の4つの遺伝子のうちいずれかに変化がみられる場合、大腸がん、子宮体がんなどの発症リスクが高まります。他にも卵巣がん、腎盂・尿管がん、膀胱がん、小腸がん、胃がんなどのリスクが高まることも分かっており、上記で挙げた4つの遺伝子のうちどの遺伝子に変化があるかによって、発症リスクが異なります。
リンチ症候群の主な特徴は、若年(50歳以下)での大腸がんの発症、同時性または異時性の大腸多発がん・多臓器がんなどが挙げられます。
家族性大腸腺腫症(家族性大腸ポリポーシス)
APCというがん抑制遺伝子に変化がみられる場合、大腸にポリープが多発する「家族性大腸腺腫症」を発症するリスクが高まります。
10代頃から大腸にポリープができはじめ、年齢を重ねるにつれてポリープの数が増える(100個以上)ことが特徴で、大腸にできた多数のポリープの一部は放置しているとがん化する恐れがあります。そのため、家族性大腸腺腫症と診断された場合は、大腸がんの予防のために大腸の切除(全摘)が検討されます。
がんの遺伝について不安がある方へ
がんの遺伝について不安があるという方は、遺伝カウンセリングを受けてみるのも良いでしょう。遺伝カウンセリングでは、遺伝性腫瘍だけでなく遺伝に関するさまざまな不安や悩みを相談できます。カウンセラーは、相談者やその家族それぞれの遺伝に関する不安や悩み、病歴などを詳しく聞いたうえで正確な情報提供をおこない、相談者の意思で必要な検査や治療を選択できるように手助けをします。
遺伝カウンセリングは遺伝医療をおこなっている大学病院や公立の高度医療機関などで受けることができます。興味のある方は、まずはかかりつけの医療機関でご相談いただくか、全国遺伝子医療部門連絡会議の「遺伝子医療実施施設検索システム」でお近くの施設を探してみると良いでしょう。
がんの遺伝リスクを調べるためには
自分が生まれつき「がんになりやすい遺伝子変異」を持っているのかどうか、つまり遺伝するがんになるリスクが高いのかどうかは、遺伝子検査(遺伝学的検査)をすることでわかります。
遺伝子検査は一般的に血液を採取しておこなわれます。血液中に含まれるDNAを取り出し、がんになっていない正常な細胞に遺伝子変異があるかどうかを調べます。生まれ持った遺伝子の情報というのは生涯変わることはありません。つまり人生のうちどのタイミングで遺伝子検査を受けても同じ結果が出て、その結果が変わることはないということです。
遺伝子検査で遺伝性腫瘍のリスクを知ることは、がんの予防や早期発見につながりやすくなるというメリットがあります。一方で、遺伝子検査の結果は自分一人だけの問題ではなく、血のつながった家族や親族全体に大きな影響を与える可能性があることもしっかりと認識しておく必要があります。まずは遺伝カウンセリングで遺伝子検査について知りたいことや不安に思っていることなどを相談し、納得したうえで遺伝子検査を受けることをおすすめします。
遺伝するがんの予防のために
遺伝子検査の結果、生まれつき「がんになりやすい遺伝子変異」を持っていることが分かったとしても、将来的に必ずしもがんになることが確定しているわけではありません。ただし残念ながら、現在の医療では「がんになりやすい遺伝子変異」そのものを治す技術はありません。そのため、自身の体質についてよく理解したうえで、定期的に検診を受けることが非常に重要になってきます。
「がんになりやすい遺伝子変異」を持っている場合、通常の検診よりも詳しい検査が必要となる場合もあります。必要な検査の内容や頻度は、遺伝子の種類やがんになりやすい部位によって異なるため、詳しくは医師への確認が必要です。
また遺伝するがんだけでなく、さまざまな病気を予防するために日頃から以下のことを心がけましょう。
- ●禁煙する
- ●受動喫煙を避ける
- ●節酒する
- ●栄養バランスのとれた食事を摂る
- ●適度な運動をする
- ●適正体重の維持
- ●がんの原因となりうるウイルス・細菌(ピロリ菌・肝炎ウイルス・HPVなど)への感染を防ぐ
- ●定期的にがん検診を受ける
上記の中でも、特に気をつけたいのが「たばこ」です。さまざまな研究により喫煙は肺がんだけでなく、食道がん、すい臓がん、胃がん、大腸がん、肝細胞がん、子宮頸がん、頭頸部がん、膀胱がんなどさまざまながんのリスクを高めることが分かっています。
自力で禁煙するのが難しいという方は、禁煙外来を受診しましょう。一定の条件を満たせば禁煙治療は健康保険が適用されます。専門家の指導のもと禁煙に取り組むのが禁煙成功への近道です。
また自分自身が喫煙する習慣がないという方でも、周囲の人からの受動喫煙に気をつけましょう。受動喫煙もがんのリスクを高めるといわれています。
まとめ
日本人の2人に1人は生涯でがんに罹患し、3人に1人はがんで死亡するといわれています。両親や血縁者で罹患した方が多いと、「いつか自分もがんになるのでは」と不安になる方は多いですが、がんそのものが親から子に遺伝することはありません。ただし生まれつき「がんになりやすい遺伝子変異」を持っている場合は、次の世代に遺伝することがあります。
自身もしくは血縁者が若くしてがんと診断された、血縁者のうち複数人が同じがんに罹患した、血縁者に希少がんに罹患した人がいるなど、いずれかの条件に当てはまる場合は遺伝するがんの可能性が疑われます。遺伝するがんに関して不安があるという方は、まずは遺伝医療の専門家に相談してみると良いでしょう。そのうえで、必要であれば遺伝子検査を受けることで遺伝するがんかどうかを調べることができます。
残念ながら、現在の医療では遺伝するがんを確実に予防する方法はありません。遺伝するかどうかに関わらず、がん予防のために日々の生活習慣を見直し、定期的にがん検診を受けて健康状態をチェックするようにしましょう。